恋慕に溺れる
私は殺人を犯しました。
大好きなあの子を犯しました。
心の底、いや、子宮の底からドロリと溢れる衝動に駆られあの子を犯しました。
「……………………」
血まみれで白目を剥いているあの子を見下ろしています。
こんな顔も出来たのか、そしてこの顔を見ているのは私だけ。嗚呼……神様よ!世の中はなんと残酷なのでしょう!
あの子の腹に刺さっている包丁を見下ろすと、隙間からごぽごぽと血が滲み出てきています。
ああ……奇を衒っている訳ではありません。
これはどうしようもない性愛。
あの子への恋慕なのです!
——確か、一年生の秋頃だった。
私はクラスの上位にいた。流行りものにしか目がない、十数秒の音楽に合わせて踊るだけの能しかない猿どものボスだった。
私は合わせた。爪を鋭利に伸ばして飾り付けし、髪の色を抜き、そして馬鹿な男たちと恋の真似事をした。毎日が退屈で、そして下らなかった。
「今度西校との合コンあるんやけど、××も来るやんな?」
「てかこの前お持ち帰りされた後どうなったん?ヤッたん?(笑)」
またこの類か。
どいつもこいつも猿のように盛っては他人の性行為に首を突っ込むのが当たり前かのように境界線を越えてくる。
しかし、それが私の築いた城の内情だった。
「西校ね、いいよ。お前らも来いよ。つーか前の男とはヤッてねえし、アイツ口臭ばりえぐかったから(笑)」
「口臭て(笑)」
こうしているだけで馬鹿の王になれるのだ。
私を苦しめている理由の全てが、この城に詰まっていた。
——辺りは文化祭の準備で忙しくしていた。
私も、同じようにした。囃し立てられるように実行委員に抜擢されたのも理由の一つだったが。
私は少し一人になりたかった。
他人に合わせるのは苦ではない。ネイルも髪色も服装も自分ではない。それでもこうして生きていけたのだから。
しかし、ときどき無性に誰にも見られず閉じこもりたくなる時がある。
馬鹿どもは先に帰り、一人で文化祭の準備をする。
美術部が描いた下描きに沿ってペンキで色を塗る。
「……あれ、××さん。こんな時間まで残ってくれてたんや。」
「……え。」
扉が開く音。そして、少し高い声が響く。
体操服姿のあの子が、そこに立っていたのです。
「……何しに来たの」
「何って、あたしも実行委員やで?遅れてごめん、ちょっと先輩に用事があって。」
あの子は私の隣に腰を下ろすと、じっとこちらを見つめました。茶色く光る瞳はとてもとても澄んでいました。
そっと手に温かいものが触れました。華奢で繊細な長い指が私の手に触れました。
「手、汚れてるで!これ使っていいよ。」
差し出されたのは可愛らしいクマのハンカチでした。
柔軟剤の匂いがほのかに香り、あの子の匂いがしました。
その瞬間、この嘘だらけの世界で初めて息が出来た気がしたのです。
今まで見ないようにしていた自分に、自分の正体に、気がついてしまったのです。
「あ……あの……」
「ん?」
あの子は小首をかしげてこちらを見ました。
その仕草に胸を締め付けられたような感覚に落ちました。
私が築いてきた自分への嘘が、偽りが、ボロボロ崩れていく音を聞きながら。
「あ……洗って返すから。」
「そんなん別にいいのに。いつでもいいからね!」
あの子のおさげがふりふりと揺れていました。
あの子は絵を描くのが得意なようで、私が苦戦していた色塗りも簡単に終わらせてしまいました。
外は雨が降っていました。もう少しだけ、あの子と一緒にいたい。
なんてことは言えませんでした。
「お疲れ様!じゃああたし、先輩待たせてるから!」
こちらに手を振るあの子。その奥には二年の男が立っていた。
私は手を振り返すことが出来ず、ただあの子から借りたハンカチを握りしめるだけだった。
もうあの子の笑顔は見れません。私がその生を奪ったからです。
そっと亡骸を抱きしめました。まだ少し温かくてぬるい血がべっとりと手につきました。
私にはもう、分かりませんでした。
想いの伝え方も、正しい愛し方も、何も分かりませんでした。
大切に、大切に抱きしめました。そしてキスをしてあげました。
この華奢で美しい身体に触れられるのはもう私しかいません。
誰かのものになるのなら、いっそ——
——私は自分に嘘をつきつづけた。
あの子への気持ちは一時の迷いだったのだと、弱っていたからだと。
私は誤魔化すため、いつも以上に猿どもと遊んだ。年上の悪い馬鹿男とも関係を持ったりしてみた。それでも、私の視線はいつの間にかあの子に吸い寄せられていった。
「〇〇ちゃんは好きな俳優さんとかアイドルとかおらへんの?」
「あたし?そうやなぁ……」
「ちゃうやろ、〇〇が好きなのは二年の……」
「ストップストップ……!」
楽しそうに話をしているあの子の唇に目がいく。
ぷるぷるしていて綺麗な形をしているそれに、自分のものを押し付けられたら——
なんて、醜い想像をしてしまう。
「おーい、〇〇。ちょっと話があるんやけど、今いい?」
例の二年の男が教室の窓から顔を出した。
私が普段関わるようなタイプではないソイツは、あの子の手を掴むと階段裏に連れ出しました。
私はそっと追いかけました。呼吸が止まった気がしました。
そこには、唇を奪われているあの子がいたのです。……
嗚呼……神様!
私の中の醜い化け物は、あの子の目にはどう映るのでしょうか?
きっと気持ち悪いと一蹴されるに決まっている、それが世の常だと私は知っていた。だから私は嘘をついていたのです!
——私は殺人を犯しました。
大好きなあの子を犯しました。
心の底、いや、子宮の底からドロリと溢れる衝動に駆られあの子を犯しました。
「……………………」
動かなくなったあの子の頬をそっと食みました。
もっと、私が私を認めてあげられたら。
あの子の未来を応援することが出来たのかな。
ああ……奇を衒っている訳ではありません。
これはどうしようもない恋慕。
あの子への性愛なのです!
××→私〇〇→あの子



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